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終戦から76年。2020年7月に出版された光文社新書『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』から、終戦前後の様子を伝える10枚を紹介する。
7歳の時、広島市で被爆した児玉三智子さん。強調したのは、被爆から生き延びたあとでも受け続けた、傷のことだった。核兵器禁止条約への思いを語った。
アメリカでの死者数が累計30万人以上に。現地メディアは、多くの死者を出した戦争などを参照しながら、新型コロナによる危機的な状況を報じている。
定例の教育委員会で「中国とアメリカが自国以外の地域で戦争を始めれば、お金は動く。きっと経済が上向くきっかけになるのではないか」などと述べた
終戦の日のことは何度も投稿していた。「これで空襲もなくなり子や親の命の心配もしないですむし、兵隊さんももう出撃で死ぬことはない」
戦中も戦後も詳しい実態調査がなされず、大本営発表の下、日本軍による箝口令(かんこうれい)さえ敷かれた。
「朝鮮人」という言葉を使って、朝鮮半島出身者の終戦直後の行動を非難するようなツイートをして批判を浴びている。
「この子が戦いに巻き込まれないように、声を大きくして戦争反対を叫べよ」。長男を出産したとき、母から託された言葉だ。母は2人の息子を戦争で失った。
フォトグラファー奥山美由紀さんの作品『Dear Japanese』が問いかける、「日本人」と「戦争」の関係性
国は激しく降ったとされる大雨地域に限って援護の対象としてきたが、それ以外の地域の人に手帳の交付を認める今回の司法判断は、戦後75年の節目に、国の援護行政のあり方を厳しく問うものといえる。