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東日本大震災からまもなく10年を迎える、宮城県南三陸町。震災までの暮らしと、新しいまちづくりを追いました。
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今も約1400人が避難所で暮らしています。
裏金の原資は、復興増税などを主な財源として投じられた国費でした。
「残った人のことを考えると、後ろ髪を引かれる思いです。一方で、多くの人の復興が進んでいるというのはうれしい限り」
熊本地震の本震から4月16日で4年を迎える。仮設暮らしから新たな住まいへと抜け出す時期に、新型コロナの感染拡大に見舞われた。「被災者の孤立が加速するのでは」と不安が広がる。
「新たな犠牲を出さないよう動くのは、生き残った俺の宿命です」
映画『Fukushima 50』で福島第一原発所長だった吉田昌郎氏を演じる渡辺謙さん。これまでもダボス会議でのスピーチや、気仙沼にカフェをオープンにするなど、復興支援に力を入れてきた。
阪神・淡路大震災から25年が経った今日、その被害や復興支援を改めて振り返る
ラグビーワールドカップ日本大会のフィジー対ウルグアイ戦(9月25日)があった岩手県釜石市は、かつては強豪の社会人チームを抱え、現在もラグビーが盛んな場所だ。東日本大震災で大きな被害を受けたが、市民らの協力もあってワールドカップの試合が実現した。釜石はいかにして「ラグビーの街」となったのか。その歴史を振り返る。
東日本大震災から8年半。被災地の復興にまじめな議論は必要不可欠だが、それだけでは分断を生む。福島県いわき市で活動する小松理虔さんは、当事者ではないが無関心でもない「共事者」こそ、課題解決の糸口になると話す。