映画のバリアフリー上映は「特別な配慮ではなく、当たり前の基準」。音声ガイドや字幕付き、洋画ではたった1.4%

障害のある人や高齢の人が映画を楽しめるよう設計された「バリアフリー上映」。2023年公開映画では、洋画では556本中わずか8本、邦画では620本中132本にとどまることが「Japanese Film Project」の調査でわかった。

音声ガイドやバリアフリー字幕をつけ、障害のある人や高齢の人が映画を楽しめるよう設計された「バリアフリー上映」。

日本では、2023年に公開された映画でバリアフリー上映に対応しているのは、洋画では556本中わずか8本、邦画では620本中132本にとどまることが、映画業界のダイバーシティ&インクルージョンや労働環境について調査・提言を行う一般社団法人「Japanese Film Project」(以下、JFP)の調査でわかった。

音声ガイド、バリアフリー字幕とは?

音声ガイドとは、映像にあわせて人物の動きや状況などを音声で伝えるもので、主に視覚に障害があったり視力が低下したりした人が利用する。アメリカでは「Audio Description(音声描写)」と呼ばれている。

バリアフリー字幕は、外国語字幕とは異なり、セリフだけではなく、たとえば「強い風が吹く音」といった環境音や効果音など音に関するあらゆる情報を文字で伝え、主に聴覚に障害があったり音声が聞き取りにくかったりする人が利用している。

音声ガイドとバリアフリー字幕はアプリ「HELLO! MOVIE」や「UDCast」を通じて利用できる。

また、東京都北区田端にある日本初のユニバーサル上映(※)の専門映画館「シネマ・チュプキ・タバタ」では、すべての上映作品に音声ガイドとバリアフリー字幕をつけているのに加え、映画の音を振動で感じられるスピーカーなど様々なツールを取り入れ、誰もが映画を楽しめる環境作りを行なっている。

※ユニバーサル上映とは、年齢・障害の有無・国籍などを問わずに、誰でも映画鑑賞を楽しめるように設計された上映のこと。

資本力の大きい大手5社の作品と、それ以外で大きな差が

今回のJFPの調査「ユニバーサル上映実態調査 2025年春」では、2023年と2020年の劇場公開作品において、音声ガイドとバリアフリー字幕が付与されている作品数を調べ、ユニバーサル上映の実態について調べた。

バリアフリー上映を実施した洋画の割合は、2020年ではわずか0.3%、2023年では1.4%だった
バリアフリー上映を実施した洋画の割合は、2020年ではわずか0.3%、2023年では1.4%だった
一般社団法人「Japanese Film Project」提供

バリアフリー上映対応の洋画は、2023年に上映された8本の中でアプリ対応作品は「生きる LIVING」(配給:東宝)のみで、他の7本は「シネマ・チュプキ・タバタ」が独自に制作・上映したものだった。

邦画では、資本力の大きい大手5社(東宝、東映、松竹、KADOKAWA、日活)では、音声ガイドを59.13%、バリアフリー字幕を58.06%の作品で取り入れていた一方で、5社以外の映画作品ではいずれも14%程度にとどまっており、大きな差があることがわかった。

2020年と2023年を比較すると、バリアフリー上映を実施した作品は増えているものの、2023年でも、洋画では1.4%、邦画では21.29%と非常に限られている。一方で、ジャンル別にみると、アニメーション映画でのバリアフリー上映は比較的進んでおり、2020年公開作品では62本中9本で14.51%だったのに対し、2023年は85本中32本で37.64%と、約23ポイント増加した。

音声ガイド付き上映を実施したのは邦画では21.29%で、大手が6割近く実施している一方で、それ以外では1割程度だった
音声ガイド付き上映を実施したのは邦画では21.29%で、大手が6割近く実施している一方で、それ以外では1割程度だった
一般社団法人「Japanese Film Project」提供
バリアフリー字幕付きのアニメ映画上映は、2020年から2023年にかけて大きく増えた
バリアフリー字幕付きのアニメ映画上映は、2020年から2023年にかけて大きく増えた
一般社団法人「Japanese Film Project」提供

「音声ガイド」ではなく「Audio Description」、「モニター」ではなく「品質管理」

本調査では、障害のある当事者や識者の見解も公表している。

ブラインド・コミュニケーターの石井健介さんは調査を受け、バリアフリー上映の増加について「アプリ認知度が上がってきていることも一因なのではないか」とし、「資本力のある大手から情報保障をつけるようになると、それが業界を引っ張ってくれると思います」と期待を述べた。

さらに、バリアフリー上映やその制作過程で使われる「言葉」についても再検証の必要があると提言。たとえば、日本では現在「音声ガイド」という呼び方が浸透しているが、作品解説のために美術館で使われる「音声ガイド」とは異なり、映画鑑賞での役割は鑑賞者の「ガイド」ではなく、音声の描写にある。そのため「Audio Description(音声描写)」という呼称の検討を呼びかけている。

また、音声描写の制作には視覚障害のある人々も参加するが、現在は「モニター」と呼ぶのが一般的だという。しかし「一緒に作り上げていく」という意識の醸成や質の向上のためにも、アメリカで使われる「QC(Quality Check/Control)」(品質管理)という言葉の使用を検討すべきとの見解を述べている。

助成制度が活用できていない

東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター特任教員の飯野由里子さんは、日本が2014年に批准した「障害者権利条約(CRPD)」を踏まえた上で、「映画のバリアフリー化は、日本でも、文化的権利の保障の観点から推進が求められる課題である」と言及している。

大手の映画会社とそれ以外の作品ではバリアフリー上映の普及が異なることから「資本力の小さな作品への公的助成の拡充が不可欠となっている」とコメント。映画の情報保障制作に関する公的支援については、芸術文化振興費補助金の「日本映画製作支援事業」やアーツカウンシル東京の「東京芸術文化鑑賞サポート助成」があるが、2024年度から始まった後者の助成制度においては、映画分野での申請は少なく、制度の活用が進んでいないという。

これらの課題を踏まえ、飯野さんは「映画のバリアフリー化を推進するためには、経済的支援の充実だけではなく、バリアフリー対応を『特別な配慮』ではなく『当たり前の基準』とする認識の変革が不可欠であることがわかる」と指摘している。 

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