【公益通報】職場の悪事、見て見ぬ振りしたら起きること。兵庫県の斎藤元彦知事めぐる内部告発と保護法改正の行方

職場で上げられるべき声が上げられないとき、だれもが押し黙ってしまったとき、私たちみんながその被害者です。

職場で上げられるべき声が上げられないとき、だれもが押し黙ってしまったとき、私たちみんながその被害者です。

私たちみんなの生命や安全、財産を守るのに役立つ声を職場から上げてくれた人、そんな「公益通報者」をその職場内での不利益扱いから法的に守ろうと意図して、公益通報者保護法は2004年に制定されました。

よくないことだと分かっているのに指摘できない。そんな職場は珍しくありません。そうした職場ではたいてい、その「よくないこと」は直されないまま放置され、やがて、社会に被害を及ぼすことになる。

だから、その職場の外にいて、かつ、それを正してくれそうな見込みのあるしかるべき相手に情報を伝える。そんな行動、内部告発、中でも公益通報が必要だと考えられています。 

公益通報が抑圧されてしまうとき、声が上がらず「よくないこと」が放置されたとき、その被害者は私たちみんな、つまり社会です。だから、内部告発者、公益通報者を大切に保護して、少しでも、声が上がりやすくしたいのです。

もし、誰も声を上げなかったら...

想像してみてください。

保育園での虐待によって被害を直接に受けるのは、幼い子どもたちです。高齢者施設での虐待によって被害を直接に受けるのは、入所する高齢者です。しかし、彼ら直接の被害者だけが被害者なのではありません。

子どもを預けている親たちも、入所する高齢者の子どもたちもまた、間接的には被害者です。それをさらに広げて考えれば、保育園や老人福祉施設の職員として虐待を「よくないこと」だと知っていながら、それを見て見ぬふりをせざるを得ない人たちも。子どもたちを大切に守り育て、高齢者を敬い、慈しみたいと考える私たちみんなが、間接的には被害者です。だから、これはひとごとではなく、私たち自身の切実な問題です。

想像してみてください。

電力会社がひび割れのトラブルを隠していた問題。

原子炉内の部品にひび割れがあるのに気づいても、それをなかったことにして規制行政機関に報告する電力会社は、きっと、事故リスクにも鈍感となっていくでしょう。そんな鈍感に慣れ親しんでいたから、その電力会社の上層部は、津波対策の必要性について担当部署から報告を受けても、その工事を先送りにして、その結果、放射性物質をまき散らす事故を引き起こしたのでしょう。

原発事故で被害を受けるのは、その電力会社だけではありません。周辺住民だけではありません。全国民が有形無形の苦痛を強いられます。だから、これは、ひとごとではない。私たち自身の切実な問題です。だから、担当部署の技術者たちには、黙っていてほしくないのです。監督官庁にウソを報告するのは悪いことなのだから、そして、対策工事が不可避だと分かっていたのだから、良心ある技術者たちには、それはおかしいと言ってほしかった。

想像してみてください。

自動車メーカー側の設計上の問題で走行中の大型トレーラーからタイヤが外れた事故。タイヤに激突されて頭蓋底骨折などのけがで亡くなったのは、2002年1月10日午後に横浜市内の道路を歩いていた29歳の母親でした。頭部打撲のけがを負わされたのは、彼女に連れられていた4歳と1歳の子どもでした。 

でも、その3人だけが被害者だったのではありません。道路を歩くすべての人たち、私たちも含め、すべての歩行者が、そのタイヤの直撃を受ける危険にさらされていたのです。被害者は私たちみんなであり得た。だから、これは、ひとごとではない。私たち自身の切実な問題です。だから、タイヤと車軸の結合部の強度不足を知る自動車メーカーの技術者たちには、勇気を奮って行動を起こしてほしいのです。

職場でひそかに起きている悪事について、それを知る現場の人が見て見ぬふりをして押し黙ってしまったとき、その悪事は放置されてしまいます。知られることがなければ、解決されることもないのです。その被害は、その事業者だけでなく、ステークホルダーにも及びます。一般の人たち、つまり私が被害者となり得るのです。

斎藤知事らを内部告発した職員への攻撃の数々

残念ながら、おかしいことを「おかしい」と指摘するのは、多くの職場で、たいへんな危険を伴う行為です。人生を賭けるのも同然の危険を伴うことさえあります。

兵庫県の斎藤元彦知事のパワーハラスメントなどの問題行為を告発文書にしたためて、2024年3月半ば、特定の10の先に匿名で送付した兵庫県の幹部職員がいました。その告発文書を作成・送付したのが、西播磨県民局長を務めるその彼だと県当局に疑われ、使用する公用パソコンを副知事によって押収されたのは、3月25日のこと。そのわずか2日後、彼は、県民局長の職を解かれて総務部付とされ、退職の予定を取り消され、再就職先が決まっていたのにそれをあきらめさせられました。県職員の地位に留め置かれ、5月7日、停職3カ月の懲戒処分を受けました。

その間の4月、斎藤知事の側近だった県の総務部長が、押収した公用パソコンの中にあった元県民局長のプライバシー情報を県議会議員らにひそかに見せてまわり、「告発文書はこのような人間がつくったものだから信用に値しない」と言い触らしていたことが、その後の調査で判明しました 。このような卑劣な攻撃を表裏で受けて、その揚げ句、元県民局長は告発から4カ月弱後の7月7日、「一死をもって抗議する」とのメッセージを残して亡くなりました。

県議会は9月19日、「告発文書への初動やその後において、対応が不適切、不十分であった」との理由で斎藤知事に対する不信任決議を全会一致で可決し 、斎藤知事は失職しました。しかし、亡き告発者への攻撃は収まるどころか、激しさを増していきました。

知事失職に伴って11月におこなわれた兵庫県知事選挙に際して、元県民局長に浴びせられた罵詈雑言は常軌を逸したものでした。真偽の定かではない彼のプライバシー情報が記述されたポスターが兵庫県中の公営の選挙ポスター掲示場に張り出されました。それを見て、女性と不倫するような人が告発者だったのかと思わされ、その反射として、彼の告発の対象だった斎藤知事に1票を投じようという有権者が続出しました。

内部告発の内容とは関係がないのに、プライバシーに属する真偽不明のことがらをあれこれ非難され、それを理由にここまで激しい人格攻撃を受けなければならなかったのはなぜでしょうか。斎藤知事に対する内部告発をしたからです。よしんば彼が不倫したことがあったとして、内部告発の内容が間違っていたことになるとでもいうのでしょうか。そうはなりません。人格を貶められて当然だということになるのでしょうか。そうはなりません。

権力者の不正を暴く情報の伝え手について、異性との関係のあることないことを暴き立てられるのは、古今東西でよく見られる現象です。告発者を貶め、その信用を傷つけ、告発内容から目をそらさせ、論点をすり替え、さらに他への見せしめとするのが狙いの卑劣な攻撃です。

情報の内容に反論するのではなく、情報の伝え手を攻撃する。そんなことがまかり通れば、やがて情報の伝送路は目詰まりを起こし、この社会に必要な情報が流れづらくなる。それは私たちみんなの損失です。 

第三者委員会の報告を受けて会見する兵庫県の斎藤元彦知事=3月26日、神戸市内
第三者委員会の報告を受けて会見する兵庫県の斎藤元彦知事=3月26日、神戸市内
時事通信社

公益通報者保護法、改正で何が変わるのか

このように、声を上げた人たちは、残念ながら、多くの場合、大変な苦難を強いられています。

だからこそ、私たちは、組織の奥底に巣くう問題点を社会の側に知らせてくれる内部の人たちの声を大切にしたい。外からは窺いづらい現場からその声を届けてくれる、そうした内部の人たちを守りたい。

そんなふうに考えて、政府と国会は21年前(2004年)、公の利益となる内部告発をしてくれた人を「公益通報者」と名付け、そうした人を法的に保護しようとする法律を制定しました。それが公益通報者保護法です。

①組織内部の上司や監査部門などへの内部通報②その問題点を規制する権限を持つ行政機関への外部通報③報道機関や市民団体などへの外部通報――というふうに、内部告発を3つの類型でとらえ、それぞれに保護要件を設けたのは、イギリスの公益開示法にならったものです。保護要件を満たす内部告発については、それを理由とした解雇を無効とし、降格や嫌がらせなど不利益扱いを禁止しました。2006年に施行されました。

しかし、オリンパス事件など、その後も公益通報者への不利益な扱いが問題となる事件はやむことなく続きました。そのため、政府と国会は2020年、制度を拡充する改正法を制定しました。301人以上の従業員がいる事業者に▽内部通報窓口を設置し、そこで受けた内部通報について必要な調査をし、速やかに是正措置をとる▽これらの業務に従事する者を定める▽公益通報者の探索を防止する――などの体制整備を義務づけることとなり、2022年に施行されました。

このような抜本改正ではあったのですが、それでも兵庫県は2024年、知事の指示で公益通報者を探索し、元県民局長に対し、公益通報を理由の一つとして懲戒処分を行ったのです。これらはいずれも公益通報者保護法の条文や趣旨を踏みにじる違法・不当な行為です。

政府は2025年3月4日、公益通報を理由とする不利益扱いのうち、解雇と懲戒処分を刑事罰の対象とし、また、公益通報者の特定を目的とする行為の禁止を法規定に格上げする法改正案を閣議決定。国会に提出しました。兵庫県が手を染めた公益通報者への懲戒処分と同様の行為を刑罰で抑止し、公益通報者の探索の禁止をより分かりやすく明示しようというものです。

この閣議決定の翌日。しかも、兵庫県議会の全会派が一致して元県民局長について「適切な救済・回復の措置」を行う必要があると考えるとの百条委員会報告書を承認した当日。兵庫県の斎藤知事は、自身の違法行為を反省することなく、元県民局長について「倫理上極めて不適切なわいせつな文書を作成されていた」と記者会見で公言しました

これは、元県民局長に対する不当な嫌がらせです。そのタイミングを考えると、「法の支配」に対する挑戦・反抗だと言って過言ではない振る舞いです。そして▽公益通報を理由とする不利益扱いのうち違法な“嫌がらせ”に刑事罰が科されない▽地方自治体による体制整備義務違反に行政処分が課されない――など、3月4日に閣議決定された法改正案に未だ不十分な点が残っていることを浮き彫りにする言動でもありました。

公益通報者の保護は私たちの「利益」「安全」

公益通報者保護、内部告発者保護は建前ではありません。公益通報者、内部告発者の権利を守ることそのものだけが目的ではありません。その効果として、私たちみんなの利益(公益)を守り、私たちの被害を防ぐということに、内部告発者保護の目的はあります。

これは、私たちの損得の問題です。納税者としての、主権者としての、お金の問題です。身の安全の問題であることもあります。命の問題であることもあります。内部告発者、公益通報者の命の問題ではなく、自動車の欠陥や原発事故で被害を受け、命を奪われるかもしれない私たち自身の命の問題です。

おかしなことがあると思えば、「おかしい」と声を上げてみんなに聞いてもらう。そんなふうに思える環境を醸成したいと考えています。

そのためには、情報の伝え手を撃たない!声を上げた人を攻撃しない!

声を大にしてそうお互いに呼びかけ合ってもいい。目くばせしてやんわり促してもいいと思います。

情報の伝え手を攻撃するのではなく、その情報の中身を吟味し、必要な是正へと結びつける、そんな方向に私たちの意識を振り向けることができるようになれば、それは素晴らしいことです。

注目記事