1月31日午後1時過ぎ、東京都千代田区の日比谷公園。都会の喧騒を忘れてしまうほど静かな空間の一角に、「汚染土ばらまきストップ」「あなたのまちに放射能汚染土がやってくる」と書かれたプラカードが並んだ。
この日、午後2時から公園内の図書文化館地下1階で「環境放射能除染学会」が開かれ、環境省職員や専門家らが「中間貯蔵除去土壌等の減容・再生利用技術開発」をテーマに話すことが事前に告知されていた。
プラカードを持った集団は15人ほど。社員証を提示して記者であることを明かした上で、帽子を目深にかぶった女性にどこから来たのかと尋ねると、そばに立っていた仲間に目をやりながら「私たちは福島」と答えた。
私も2013〜18年、福島市といわき市に住んでいたことを伝え、除染土の再生利用に反対する理由について尋ねると、女性は淡々と話し始めた。
「危険だから除染して集めたんですよね。それをまた拡散するって、誰が聞いてもおかしいじゃないですか。あれだけの量を再生利用するとまた何千億円かかるんですよ。被ばくの問題もあるし、いくつもいくつもあって……」
環境省が再生利用の方針を示している除染土は、放射性物質の濃度が1キロあたり8000ベクレル以下。これは、周辺住民や作業員の追加被ばく線量が「年1ミリシーベルト」を超えないように設定された値となる。
そもそも日本人の平均被ばく線量は年4.7ミリシーベルトであり、うち2.1ミリシーベルトは自然放射線からの被ばくであると推定されている。国の方針は国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に沿ったものであり、除染土の再生利用で健康被害が起きるとは考えられていない。
このことについてはどう考えているのか。女性は「クリアランスレベルは(1キロあたり)100レベル。その80倍ですから、言語道断ですよね」と述べた。
「原子炉等規制法に基づくクリアランス基準」では、放射線防護の規制の対象外とし、全く制約のない自由な流通を認めている。一方、除染土の再生利用で設定されている1キロあたり8000ベクレルは、その利用先を管理主体が明確となっている公共事業などに限定した上、適切な管理の下で使用する。
「前提が異なるのではないか」「追加被ばく線量が年1ミリシーベルトでも危険だと考えているのか」ーー。私がそう切り出そうとした時、メガネをかけた男性が会話に入ってきた。「これね、そもそも計算にごまかしがあるんですよ」

計算に「ごまかし」はあるのか
東京電力福島第一原発事故後の除染で出た「除染土」。現在は福島県双葉、大熊両町にある中間貯蔵施設に保管されており、その量は「東京ドーム11杯分」(約1400万立方メートル)になる。
この膨大な量の除染土は、2045年3月までに「県外最終処分」されることが法律に明記されている。国は最終処分量を減らすため、除染土を再生利用する方針を示しているが、全国的な理解醸成は進んでいない。
「計算にごまかしがある」。こう話した前述の男性は、私の目をしっかりと見ながら話しだした。
「(年間の追加被ばく線量は)13ミリシーベルトになるんですよ。普通の労働時間は年2000時間くらいですが、それを1000時間に限定して、作業するところに鉄板を敷いて、無理やり『0.93』にしているわけ」
環境省によると、再生利用の現場で最も被ばくするのは「盛土の上(中央)にいる作業員」。1キロ当たり8000ベクレルの除染土であれば、作業員の追加被ばく線量を「年0.93ミリシーベルト」に抑えることができる。
男性が「ごまかし」と主張した計算はこれだ。しかし、同省に取材すると、「決して無理やり出した数字ではない」という返答があった。
まず、男性が話した13ミリシーベルトというのは、作業員が盛土の上に立ち、24時間365日作業することを前提にしているとみられる。しかし、一般的に労働時間は年間休日日数(115日)を引いた年250日で計算されることが多い。
例えば、1日8時間の労働を250日行うと、男性の言うように年2000時間になるが、実際の再生利用の現場では重機やダンプが使われることから、「盛土の上に作業員が立って作業すること自体が基本的にはない」という。
そのような前提や過去の事例を鑑みて、同省は2000時間の半分である「1000時間」という年間作業時間を用いて計算している。
また、盛土の上で重機やダンプが作業するためには鉄板が必要になるが、同省はこの鉄板によって放射線を40%ほど遮ることができるとしている。
つまり、現実には作業員が盛土の上に立って作業することは原則ないものの、計算は「鉄板を敷いた盛土の上で年1000時間作業している」という条件でおこなっている。有識者会議でもこの計算の妥当性について話し合われている。
周辺住民の追加被ばく線量も年0.16ミリシーベルトと、1ミリシーベルトから程遠い数字となっているが、これも盛土法尻から居住場所まで「1メートル」という厳しい条件で計算されている。

9年前も週刊誌の記事で「粉塵が危険」
この男性の話は止まらない。続けて、「重機で掘り返し、トラックで運搬すると、粉塵の吸入が非常に危険。細かいやつが肺の奥に入ってなかなか出ていかない」と語った。
私はこの話に聞き覚えがあった。後日、名刺に書かれた男性の名前などを検索すると、週刊女性の「総工費400億円!新たなる汚染源が福島県飯舘村で建設・稼動していた」(2016年4月4日)という記事がヒットした。
記事は除染廃棄物を焼却・減容化する「仮設焼却施設」を批判したもので、男性はNPOの関係者として登場。記事中で「焼却したら、放射性物質を含んだ灰が微粒子として、ふたたび環境中にバラまかれてしまいます」と述べていた。
文中には「福島第一原発方面から吹く風に乗って気化した放射性物質が飯舘中学校方面にも流れる」という記載もあったが、仮設焼却施設が原因の健康被害は記事から9年が経った現在まで報告されていない。“報じっぱなし”のままの状態が続いている。
また、粉塵を巡っては、東京新聞も2024年12月17日、「除染土の再利用『粉じんが飛び、内部被ばくする可能性』指摘 公共事業などに活用する国方針、160人が反対集会」というタイトルの記事を配信。
この記事にも男性は登場し、「除染土を再利用するどの工程でも、土から細かな粉じんが飛び、内部被ばくする可能性がある。作業員だけでなく、周辺に住む妊婦や子どもたちにも影響がある」というコメントが使われていた。
一方、環境省は内部被ばく(粉塵吸入)についても計算している。
盛土上の作業員は年0.00013ミリシーベルト、周辺住民は年0.00061ミリシーベルトで、同省は「粉塵が舞う環境では水をまいたり、シートを活用したりすることも考えられる。厳しい条件で計算した結果、内部被ばくの影響は非常に小さいということがわかった」と説明している。
「住民が帰還できなくなる」と聞いた結果
日比谷公園での取材中、集団の中の1人が私の容姿や社員証をスマートフォンで撮影していた。
そのような環境の中、私は最後に、「除染土の再生利用や県外最終処分が実現しなければ、中間貯蔵施設がある双葉、大熊の住民が帰還できなくなるのではないか」と聞いた。
一連の問題では、科学的な議論のほかに、除染土が福島県外で最終処分されることになった経緯や、福島の人々の思いを知ることも非常に重要だと考えている。この取材で最も質問してみたいことでもあった。
前述の男性は一呼吸置いた後、「基本は隔離が原則。どこかへ隔離するしかない。政府が責任を持って考えないと」と述べるにとどめた。最初に話を聞いた女性も「第一、第二原発の敷地内とか東電が引き取るべき」と言葉少なだった。
「『どこかへ』とはどこか」「第一、第二原発に1400万立方メートルもの除染土を置くスペースはあるのか」。こう尋ねようとした時、公園の管理者が自転車で現れ、「ここでの活動はやめてください」と注意を受けた。
プラカードを持った人たちは当初、「声は出してないけどだめ?」と交渉していたが、敷地内での活動は散開することになった。

「特別視」は差別や偏見を生む
「あなたのまちに放射能汚染土がやってくる」「ばら撒き」ーー。このような言葉を聞くと、除染土の再生利用について詳しくない人たちは反射的に「危険」「不安」と捉えてしまう。
科学的な根拠を示すことは大前提だが、福島が「特別視」されるような表現を使うことは避けなければならない。なぜなら、現地に住む人々への差別や偏見を生んでしまうからだ。
三菱総合研究所(MRI)が2024年3月に公表した「震災・復興についての東京都民と福島県民の意識の比較」によると、「原発事故の後に特別な目で見られる場合があると思うかどうか」という質問に対し、福島県民の53.0%が「そう思う」「ややそう思う」と回答した。
MRIは「一定数の人々が『特別な目で見られる場合がある』という意見を持ち続けていることは、『差別や偏見の下地となるおそれ』がある」と分析。「福島に関する誤った情報が世の中に流布された際に問題が表面化する懸念がある」と指摘している。
「あなたの街に放射能汚染土がやってくる」という言葉はまさしく、現在除染土が多く存在する福島を「穢れた地」のように「特別視」することに繋がる。
一部議員やメディアも例外ではない。近年、「アテンション・エコノミー」という言葉が社会に浸透してきたが、人々の関心や注目に重きを置いた結果、福島の差別や偏見に無頓着になっているのではないだろうか。
被災地の福島を研究している東京大学大学院の開沼博准教授は以前、私の取材に「誤・偽情報の拡散やイデオロギー利用のために差別を煽る人は、その科(とが)を指摘されてもまったく自らの過去を反省しない」と語った。
その結果、本当に苦しい思いをしている人たちや、弱い立場にいる人たちの声が聞こえなくなるといい、「多様な議論があるべきところを単純化することにもつながる」と述べていた。
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「ルポ『福島リアル』」では、原発事故により大きな被害を受けた福島と情報の向き合い方について取り上げていきます。現地で聞こえた声、ネット上の情報を取材し、問題の背景に何があるのかを探っていきます。