DEIは「逆差別」ではない。トランプ政権発足直後にラッシュがバスボムの名前を変えた理由

コスメブランドの「LUSH(ラッシュ)」が、バスボムの名前を、ダイバーシティー、エクイティ、インクルージョンに変更。なぜ逆風の中DEIを重視する姿勢を明確に打ち出したのか。
イギリス・バーミンガムにあるラッシュ店舗の看板(2022年5月30日)
イギリス・バーミンガムにあるラッシュ店舗の看板(2022年5月30日)
Mike Kemp via Getty Images

アメリカで第2次トランプ政権がスタートした後、DEI(ダイバーシティー、エクイティ、インクルージョン)に逆風が吹いている。

DEIは、多様なバックグラウンドや価値観を持つ人を受け入れ、公平に扱う取り組みだ。社会の主流から取り残された集団の人たちを積極的に雇用するなどして、格差を是正する。

しかしトランプ氏はDEIを「逆差別」と捉え、就任初日にDEI施策を取りやめる大統領令に署名。連邦機関だけではなく、民間企業にも撤廃を求めた。

メタなどさまざまな企業や組織がDEIプログラムを縮小や撤廃する中、コスメブランドのラッシュ(LUSH)は、トランプ政権発足直後に北米で3つのバスボムの名称をダイバーシティー、エクイティ、インクルージョンに変更。4月には、日本も含めた世界全体で同様の変更を行うと発表した。

ラッシュのエシックス(倫理)ディレクターであるヒラリー・ジョーンズさんは、バスボムの名前を変えた理由について、DEIという言葉そのものを守る必要があると感じたからだと3月にハフポスト日本版の取材に語った。

「DEIプログラムが廃止されるにつれ、取り組みや方針だけではなく、言葉そのものが(数多くの)ウェブサイトから消えていきました。私たちは、DEIという言葉が消滅すればマイノリティの人々が自分たちの存在が消えるように感じてしまうのではないかと危惧したのです」

「ラッシュはDEIプログラムを廃止しないことはもちろん、『あなた方の存在は今も見られ、大切に思われている』ということを伝える必要があると感じ、バスボムの名前を変えました」

ラッシュはなぜ、逆風の中でもDEIやマイノリティの権利擁護を重視するのだろうか。

ラッシュのエシックス(倫理)ディレクター、ヒラリー・ジョーンズさん。東京のラッシュ新宿店で撮影(2025年3月6日)
ラッシュのエシックス(倫理)ディレクター、ヒラリー・ジョーンズさん。東京のラッシュ新宿店で撮影(2025年3月6日)
HuffPost Japan /Satoko Yasuda

DEIを大事にする理由

ラッシュにとって、ダイバーシティーやインクルージョンなどの価値観は、会社をより良くするために不可欠なものだという。

ジョーンズさんは「ラッシュは、国籍や人種、宗教の異なるスタッフ、LGBTQ+コミュニティのメンバー、ベジタリアンやヴィーガンなど、マイノリティを含むあらゆる属性の人たちから構成されています。それにより、より強く、より幸せで、より理解し合えるチームになれています」と説明する。

多様なバックグラウンドや異なる声を大切にすることは、ラッシュがグローバルでビジネスを展開する助けになっている。

ジョーンズさんは、1998年にラッシュジャパンを設立した時にも、イギリスで人気だった商品をそのまま導入するのではなく、日本のスタッフと時間をかけて話し合い、現地の入浴スタイルにあわせた商品を開発したと振り返る。

「イギリスでのやり方を当然とせず、現地のスタッフに耳を傾けることで、日本の文化や消費者のニーズを知ることができただけではなく、その時に得た知見を他の国でも生かすことができました」

また、商品開発では白人中心にならないことを心がけてもいるという。

ラッシュで最も力を入れている一つがクリスマス商品だが、商品開発をする中で、スタッフから「ディワリ(インドの祭り)やイード(イスラム教の祭り)はどうなっているの?」「なぜハヌカ(ユダヤ教の祭り)向けの商品はないの?」という声が多く寄せられた。

そこで、それぞれの文化や宗教、国・地域のスタッフと研究開発チームが協力して商品を考案・製作する『Co-Create(共に創る)』というプログラムを導入。

このプログラムで新しいアイデアを生み出し、それぞれの文化や伝統を尊重した製品を作ることができている、とジョーンズさんは話す。 

社会貢献のための強みにもなる

多様性が強みとなるのはビジネス面だけではない。

ジョーンズさんは、世界中のさまざまなコミュニティやマイノリティの人たちが直面している社会問題を知り、解決のために協力できることも、多様性がもたらすメリットだと話す。

その一つが性的マイノリティの権利擁護で、性的指向や性自認を無理やり変えようとする「コンバージョンセラピー」の廃止を求める運動などを行なってきた。

日本でも法律上同性カップルの結婚の平等を実現するためのキャンペーンに力を入れている。

ジョーンズさんは、多くのLGBTQ+のスタッフが働いているラッシュにとって結婚の平等を実現することは切実な社会課題だが、それだけではないと強調する。

「結婚の平等は、より寛容で公平な社会を築くためにも重要です。ラッシュは店舗ウィンドウを広告スペースとして提供したり、メッセージ発信の手助けをしたり、スタッフが署名を呼びかけたり、お客様と対話したりして、社会問題のために活動している団体や地域のコミュニティと連携しています」

結婚の平等実現を求めるキャンペーンのためのアートで彩られたラッシュ新宿店のウィンドウ(2022年06月24日撮影)
結婚の平等実現を求めるキャンペーンのためのアートで彩られたラッシュ新宿店のウィンドウ(2022年06月24日撮影)
Satoko Yasuda / Huffpost Japan

ラッシュの価値観を守る「EBT」とは

ラッシュでは、ダイバーシティやマイノリティの権利擁護などの価値観を守り続けるための仕組みも作っているという。

ラッシュは、1995年に6人の共同創立者がイギリスで立ち上げた。

現在70代になった創立者が会社の将来を見据えて2017年に作ったのが、株式の10%を世界中の全従業員が保有するEBT(ラッシュ従業員共益信託)だ。

「現在ラッシュは株式非公開のプライベートカンパニーですが、将来、外部の投資家に株式が売却されるようなことになった場合、その相手が私たちと同じ価値観を持っているとは限りません」とジョーンズさんは説明する。

「表面的にはラッシュという名前や商品が変わらなくても、 安価な原材料を使ったり、労働コストの安い国で生産したり、 動物実験を導入したりするかもしれません。ラッシュにとって受け入れられない悪夢です」

「創業者たちはそういった事態を避けるために10年、20年、30年先もどうすればラッシュの理念を守れるかを考え、スタッフに一定の決定権を持たせることが最善の方法だと判断したのです」

EBTでは会社の株式の10%を世界中の全従業員が保有。残り90%の保有者は、この10%の株主の同意なしにラッシュの倫理的価値観を変えられないよう定めた。

この「10%の同意なしに変更できないラッシュの倫理的価値観」として作られたのが「エシカル憲章」だ。

個性や多様性の尊重のほか、ラッシュがグローバルでビジネスをする上で守るべき倫理的指針が記されている。

「私たちは動物実験をしないことや、倫理的な原材料の調達などを当たり前のように実践してきました。それらはラッシュの『土台』とも言える重要な価値観で、創業以来スタッフの間でシェアされていたのですが、文字にはしていなかったのです。その理念を改めて文章にし、会社の憲章として定めました」 

イギリス・プールのラッシュ店舗ディスプレイに置かれたバスボム(2023年5月10日)
イギリス・プールのラッシュ店舗ディスプレイに置かれたバスボム(2023年5月10日)
ADRIAN DENNIS via Getty Images

DEIは「白人への逆差別」なのか?

トランプ政権は、DEIを白人に対する逆差別だと捉えているが、ジョーンズさんは「全くそう思わない」と否定する。

「白人の西洋社会は長い間支配的な立場にあり、そのバランスはまだ是正されていません。まだ公平さは達成されておらず、“白人差別”を語れる状況ではないと思います」

大切なのはすべての人が同じペースで前に進めるようにすることであり、そのために一部の人々に対してより積極的なサポートや励ましが必要になることもある、と言葉を続ける。

「無意識の偏見で自分と似た人を雇ってしまうことはよくありますが、私たちは常にそれを打ち破る努力をしています。そのために、日々の行動に無意識の偏見が入り込まないようにし、すべての同僚が平等な機会を得られるようにすることが重要です」

「これはジェンダーにも共通する問題です。多くの女性は昇給や昇進を求めることをためらいがちです。だからこそ、組織の中を見つめ直し、不均衡が起こらないように努めることが必要なのです」

EBTを作ったラッシュでは、DEIなどの価値観を守る「責任」が会社だけではなくスタッフ一人一人にあるという。

「ラッシュのリーダーやオーナーだけの話ではありません。エシカル憲章やEBTを通して、ラッシュで働くすべてのスタッフには、理念が守られているかを確認する力が与えられています。10%はより良い社会にするための重大な責任です。ラッシュの給与を受け取っている全員に、会社の価値観を実践し、維持する責任があるのです」

倫理を重視するラッシュだが、自社をエシカルカンパニーとは呼ばない。代わりに使うのが「理想とする会社になるために(This will be the company we want it to be.)」という表現だ。

ジョーンズさんはその理由を「私たちにとって倫理とはゴールではなく、常に続いていくものだから」と説明する。

「一つのゴールを達成したとしても、それで終わりではありません。環境への配慮をさらに深める、地域社会にさらに貢献するなど、次に取り組むべき課題が必ずあります。だからこそ、私たちは『This will be the company we want it to be』と言い続けています」

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